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アニメーションの撮影とエフェクト



デジタルに移行したなりゆき



 私は現在デジタルエフェクトなど、アニメのデジタル関連の仕事をメインにしています。以前は作画を担当していました。…いや、今でも作画はするんですが、デジタルの方に比重が大きく傾いています。
 ここでは、以前作画オンリーだった私がデジタルへと移行した経緯を述べたいと思います。

 私は作画時代、メカ・エフェクトをよく担当していました。小さい頃からのメカ好きがそのまま続いて、プロになっても「戦闘シーンが好き」というスタンスでやってきました。

 メカ好きの多くは、メカそのものと同じ位、「段取り芝居」が好きです。メカデザインと同時に、メカの見せ方にもこだわりたいと思う人が多いのです。小さい頃、飛行機のプラモデルをもって、「キーン、ドバババ」と遊んでた感覚が、まだ生き残っているのかもしれません。

 例えば、戦車戦のシーンがあるとします。演出的な領域、つまりカット割りやカット尺は演出にまかすとして、絵の領域はまずアニメーターがレイアウトという形で発起します。フレーム用紙にはじめてシーン/カットの絵が描き起こされる作業です。

 アニメーターはその段階において、戦車のエンジン音や火薬の匂い、キャタピラの空転、砲火の残照、砲手の息づかい…など、シーンの状況をリアルに感じながらプランを立てていきます。まるでその場に居合わせたかのように、自分を没入させて描く事も珍しい事ではありません。
 レイアウト作業や原画作業は、こうしたアニメーターの「内なる臨場感」から逆算されて行われますが、鉛筆画で伝えられる範囲は限られています。(鉛筆だけでも表現してしまう「巨人」アニメーターたちも日本には大勢いますが..)
 硝煙のモヤ加減、ケムリのぼけ味、砲火の照り返しの焼き付き、混乱して像の流れるカメラのパン、ブレなど、鉛筆とタイムシートではなかなか伝えられない要素に対して、地団駄を踏む事も多いのではないでしょうか。


 加えて、エフェクトはキャラクターに比べ、仕上がりの落差が大きい傾向にあります。キャラクターは肌が何色で塗られ、髪の毛は何色…とあらかじめ入念に設計されていますが、エフェクトに関しては場当たり的に決められる事が多いようです。もちろん一般的な話で、です。
 キャラ・メカ・エフェクトの順で気の使われ方が減少する傾向にあると言っても、言い過ぎではありません。

 炎の透過光を例にとって話します。

 用意されるのは炎のマスクと背景です。

 

 …やな予感がしますか?(笑)

 ここで危機感を感じた人は、すでに「経験済み」の人です。つまり、このマスクから炎は如何様にでも変化するという事を知っている人です。

 私が体験した一番の『……』な例は以下の図のようなものです。

 フレアがほとんどなく、ヌリでもいいんじゃないか?という代物です。「撮影スタッフと事前に打ち合われば?」という人もいるかも知れませんが、透過光の炎というオーダーにも関わらずフレアをつけないという状況は、想像も付かなかったのです。
 この経験から、撮影所それぞれで常識も大きく変わるという事を学びましたし、それ以後、事細かくシートの撮影欄にオーダーを明記する癖がつきました。


 さらに、本体黄色・フレア赤…という指示でどのくらいばらつくかを、試しに提示してみます。



 中には本体がほとんど白でフレアが黄色のものもありますが、そのくらいは平気でバラつきます。また、切羽詰まった状況の多いアニメ制作では、エフェクトのフレアの色で撮影リテークを出すくらいなら、もっと他を直したい…という状況が多々あります。演出的な判断としてそれは相応だと私も思います。

 ただこれは「エフェクト作画監督」としてクレジットに名を連ねる人にとって大きなストレスです。そのストレスに対抗するため、エフェクト作監のできる事は、大体以下のようになります。

  • どんな撮影がおこなわれても、それらしくみえる手堅い描き方をする
  • やりたい事が撮影者に伝わるよう、シートに具体的な指示を書く
  • 頼りになる撮影所、撮影監督と懇意にする
  • 色指定と懇意にする

 実際、私の恩師の外山氏(現在演出家)は、作画は質実剛健、シートは丁寧で明確な記述、色指定にもよく指示を出す…といった事を実践されていました。若かった私はその行為の重要性にあまり気付いていませんでしたが……。


 ヤル気マンマン、血気盛んだった私はそれら従来の対処法に加え、「自分でサンプルを示す」「必要な素材は自分から提出する」という方法を加えたのでした。今思えば、領海侵犯的な匂いのする行為ですが、その時はとにかく自分のイメージをフィルムに結実させたい一心でした。

 イメージボードを描いたり、撮影素材を自分で作ったりしたのもその頃です。イメージボードに関しては別ページに記載してありますので、そちらを御覧下さい。

 自作の撮影素材を作って実際に撮影されたのは、「ジョジョの奇妙な冒険」第1期第6話のクライマックスシーン、炎のシーケンスです。
 筆と墨汁で炎のリスマスク透過光素材を描き、セルにボンドを塗りたくって波ガラス動画を作成し、各スタッフへのイメージの伝達にはNEC98のマルチペイントで描いたボードをプリントして渡す…という、他人から見ると「…あの人は作画?」というような仕事をしていました。
 ちなみに、この「ジョジョ#6」は後年「Blood The Last Vampire 」で一緒に激戦を戦う北久保監督との初顔合わせでもありました。

<参考>
98のお絵描きソフト
マルチペイント

 ちなみにこれは「ジョジョ」ではありません
 単なる当時の落書きです

 ジョジョは撮影のすばらしさもあり、特に炎のシーケンスはうまくいったと思っています。私の用意した素材を、うまく使ってくれる撮影監督が居てこその上がりです。ジョジョの撮影様には本当に感謝しております。

 しかし、このような状況は毎回続くとは限りません。制作会社が変わり、スタッフが変わればすべて初期値です。一寸先は闇かも知れません。
 どうしようか…と思い悩んでいるうち、デジタルに出会いました。既にマルチペイントでデジタルに触れていたと言えなくも無いですが、あくまでサブツールで本番で使おうと思ってはいませんでした。(…実は1回だけ使った事がありますが……)
 デジタルツール、すなわちMacintosh、Photoshopとの出会いです。


 Photoshopとの出会いは衝撃的で、「トーンカーブだけで10年喰って行けますよ!」と演出のわたなべ氏に自身の興奮を伝えたほどでした。(…で実際、その通りになった私であった…)

 自分の欲しい画面がすぐ結像するPhotoshopの自由度の高さに、今までの自分の苦労は何だったんだ?と畏敬の念を抱きました。思えば、今まで苦労した経験値があるからPhotoshopですいすい泳ぎ回る事ができたのかもしれませんが、当時はトーンカーブの動作ひとつひとつに驚喜していたのです。

 最初は版権の仕事から始めました。画像解像度との兼ね合いから、当時のMacでの版権作業は困難の連続でしたが、今やっている事が確実に完成度を高めていると実感でき、言うに及ばぬ苦労でした。得るものの方が絶大だったのです。

 いくつも版権をこなした後、96年にアイジー制作の「ゲーム・攻殻機動隊」のオープニングに参加するために、監督の北久保氏とともにアイジーに席を置くことになりました。それ以降はアイジーで、デジタル関連の作業をメインにこなしています。

 長くなりましたが、私の『デジタルに移行したなりゆき』はこんなところです。

 エフェクト作画監督の経験がおありの方なら、なるほどとうなずいてもらえるくらい、「フツーななりゆき」だと思っているのですが、いかがでしょうか?



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Integer9 INDEX

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<オマケ>

習字「えびどですかどん」;書き人知らず

 NEC98のマルチペイントで書いたお習字です。よくスタッフが息抜きに思い付いたまま書いていました。当時のスタッフは色んなところから集まったフリー原画・作画監督のメンツでした。会社はJ.C.Staffで、私もフリーの原画・作画監督・メカデザイナーとして席を置いていました。

 「えびどですかどん」とは、ドリゴという今はもう無い三鷹の喫茶店の軽食メニューの名前です。
 オーダーの際必ず「今、エビがきれていまして…」と言われて注文できないという、謎のメニューでした。

 そのNEC98については、全く型番を覚えておりません。今ではソフトウェアまで自作するようになった私ですが、その当時は絵に描いたような「コンピューター音痴」だったのです。


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