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Program
撮影ツールとしてのMacOSXとUNIX |
【3】今までの「n号戦車」
作り始めたのは良いものの、初心者の頃はソフトウェアの使い勝手をプログラム内容に反映させるなどという「高度」なテクニックは持ち合わせていません。私は97年初春頃からプログラムと付き合い始めたのですが、今までにおびただしい数の「試作(その頃は試作とは思っていないのがミソ)」を作ってきました。 何でもそうですが、いきなり高レベルな作品は生まれません。作画もエフェクトも段階を踏んで高度になっていくのです。プログラムも然り。‥‥とまあ、他人事の様にエラソーに書いてますが、我ながらずいぶん「へんてこ」なアプリケーションをせっせと作って来たのものです。ここでは、そんな「試作」をいくつか紹介して、「ローマは一日にして成らず」を実感してみようと思います。
1号戦車ってご存知ですか? >http://ja.wikipedia.org/wiki/1号戦車 第1次大戦後のドイツが近代的な戦車を作るべく、実用と研究を兼ねて作った戦車です。小型で武装も防御も貧弱な戦車でしたが、ちゃんと実戦にも配備され、それなりに活躍したようです。「n号=番号付き」戦車のシリーズはこの1号から始まり、色々な改良型と派生型を生みつつ番号を重ね、最後には6号B型(俗にいう『キングタイガー重戦車』)までに「進化」しました。 私の「1号戦車」は何だったのか。97年当時に作ったAppleScriptが現存していないので詳細は忘れましたが、「ファイル・クリエータタイプを変更するアプリケーション」だったと記憶しています。 私は96年からプロダクション・アイジーに在籍して「デジタル」アニメーションのエフェクトを担当しているのですが、After EffectsでAnimo(撮影ソフトウェア/当時はNeXTSTEP(!)で動作していた)からの素材を扱い始めると、データのやり取りに手間取るようになりました。96~97年当時のアイジー3st(第3スタジオ=デジタルアニメーション作品と「人狼」を作っていた)は各フロア間にLANが敷かれたばかりで、サーバに配置されたTIFFファイルはMacからは素性の解らない「白紙ファイル」として提供されていました。当時のAfter Effects3.1は「白紙ファイル」を読み込めない仕様でしたので、アイジーでは「Debabelizer」という画像処理ソフトをMacユーザに提供し、MacスタンダードのPICTファイルに変換してからAfter Effectsに読み込む段取りで作業していました。この作業には結構手間がかかり、Animoで素材を書き出してもすぐに作業に入れない「作業工程上の欠点」でした。(今にして思えば、「AppleTalkファイルサーバのConfigを設定すれば良かった」など色々対応策は考えられますが、当時は対応できる人が居なかったのです) After Effectsのマニュアルを読むと「TIFFファイルは読める」と書いてあるにも関わらず、アイジーのTIFFファイルは読めない‥‥何故だろうか?‥‥と疑問に思いました。当時の私はPhotoshop以外のソフトウェアはほとんど解らない初心者でしたが、Debabelizerを「After Effectsに画像ファイルとして認識させるソフト」として使用するのは、「どうも使い方を間違っている」気がしていたのです。それに「画像を読み出して画像を書き出す」行程は処理時間を多く必要としましたから、「After Effectsへの作業開始までの待ち時間(準備)が長い」という実感がありました。とは言え、その状況を当時の私ではどうする事もできなかったのです。 同じ頃、同室の清積さん(ねこまたや主催)の所有していた「漢字Talk7.5時代のMacintosh」という書籍に記載されていた「AppleScript」のトピックを発見し、「Macを自分の思い通りに自動で操る方法」「大量の連続処理」を目当てにAppleScriptの習得を開始しました。「AnimoのTIFFファイルをAfter Effectsで読めるようにする」ソフトウェア、すなわちソフトウェア「第1号」=「1号戦車」の開発開始です。
「1号戦車」ソフトウェアのプログラム内容は実に簡単なものでした。
‥‥たったこれだけの事です。しかしこの処理をしてくれるアプリケーションさえあれば、高価なDebabelizerを購入して長い時間をかけて画像ファイル変換をおこなわなくて済む訳です。「とにかく作ってみよう」と、AppleScriptの解説本を読みながら辿々しく「始めてのアプリケーション作り」を開始しました。 「アプリケーションアイコンがフォルダを受け付けるようにするにはどのようにプログラム文を書けば良いのか」「フォルダの中の連番ファイル全てを処理するには?」など解らない事だらけでしたが、本を読みながら1つずつ解決していきました。当時のAppleScriptの言語形態は「日本語」、つまり「日本語でプログラム文を記述」するというスタイルでしたから、困った時は「日本語」を頼りに書き進めていきました。それでも困った場合は、例文をそのまま「丸写し」して切り抜けました。 正確なプログラム文は失念しましたが、おおよそ以下のようなプログラム文だったと記憶しています。
数日の格闘の末、ようやくAppleScriptによるアプリケーションが出来上がりました。テストファイルで動作テストをした結果は計画通り、今までDebabelizerで処理していた時間と手間を大幅に削減する結果となったのです。経験を積んだ現在から見れば、上記のプログラム文の内容はそれはもう「ツッコミどころ満載」ですが、それでも当時は私の映像制作の大きな「武器」となったのです。 「TIFFファイルのタイプを変更するアプリケーション」という「豆鉄砲」の戦車でしたが、思い起こせばそれが私のアプリケーション開発の「第一歩」であり、また同時に「自国開発の武器」の重要性をまざまざと思い知る出来事だったのです。
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